2020年11月26日 (木)

我が家のコットン

秋になると我が家の庭のコットンボールが開きだし真っ白の綿花が顔を出します。

触るとすごく柔らかくとても幸せな気持ちになります。

毎年たくさんの種が取れ、毎年毎年繰り返し咲くのでこの綿花を買ってくれるところを探しています。

買って下さるところが見つかったらその収入をこぐまくらぶの作業所の利用者さんたちの収入にするのが夢です。

そしたらたくさんの種を植える広い畑を借りて綿畑を作り利用者の皆さんで収穫しみなさんの収入へと還元するのが夢です。

何かいい提案があればぜひよろしくお願い致します。

2020年10月12日 (月)

笑顔

朝夕の少し涼しい風に秋の到来を感じています。

先月からガイドヘルパーさんに月のまとめを書いてもらうことにしました。

ヘルパーさん同士の助け合いや利用者さんの笑顔の瞬間が手にとるように伝わってきてもっと早くから書いてもらえばよかった、、、と反省しています。

 

「自分が笑顔の多い日は自然と利用者さんも笑顔が多いのにきずきました」と嬉しい言葉がありました。     そうですよね。笑顔は伝播します。

「胃カメラをして泣きながら出てきた利用者さんを抱きしめてあげました」という言葉を読みヘルパーさんの優しさが身に沁みました。

ガイドヘルパーのお仕事は短い時間の出会いですからその時間をどう濃い色にするか、利用者さんが又会いたいと思っていただけるようなホットな時間がクリエイトできるか、、、ヘルパーさんの心の企画が豊かに作用すると思います。

自分のつぶやきばかり書いていましたが今日、皆さんのつぶやきを読み心あたたまる思いでした。

2019年11月 8日 (金)

先生 

私たちの住む神戸市の小学校で教員による教員へのいじめがニュースで流れた時は目を疑い、耳を疑いたくなるようなテレビの映像に驚きました。

非常に人間性の低いこんなレベルの人たちが今後の未来をになう小学生の教師をやっているなんて、、、、、思いたくもない、信じたくもない、と恐ろしい現実を見て憤りの気持ちでいっぱいです。

単に履修科目の単位を修得するだけで教員免許が取得できて地域の試験に合格すれば学校の先生になれる実態がおそろしいです。

社会経験もなく、サラリーマンと違い常にそばに上司がいるわけでもなく、いきなり先生、先生とあがめられる立場、いわば子ども達にとっては強者になれるわけですから大きな違いが生じるのでしょうか。

資格取得後、1年間は人としての適性を見る試用期間や研修として一般社会にでてからの本採用になればいいなあ、、と思います。何より大事なのは人間性です。

勿論、今回の被害者の先生のように子ども達が大好きでこの仕事を愛してこの仕事につかれた素晴らしい先生もたくさんいらっしゃいますし、私のわが子の先生で忘れられないほど素晴らしい先生とも出会いました。

そんな中で先生というイメージをこわしてしまった加害者の先生方は大人にも子どもにも頭をさげてまわらないといけない犯罪者だと思います。

 

加害者の先生方は新聞やテレビにも名前も顔も出ず、どうしてここまで彼らが守られるのか不思議です。何か教育委員会の力が関係してるのでしょうか?

もはや容疑者ではなくハッキリ加害者は判明していますし、はっきりと顔も名前もだすべきだと思います。

数年前自宅に日中、泥棒が入り財布がなくなった時、家の裏口から中学生の女の子が走り去るのを見て警察に来てもらいました。その時警察の方が「学校には言わないでください。教育委員会がうるさいから」と言われこの時も耳を疑いました。「どうしてですか?」と聞きましたが答えはありませんでした。

 

どこかにおかしい力関係が存在するのでしょうか?

加害者の先生方が人としてどれだけ間違っていたかわかってもうためにも厳しく罰して欲しいと願っています。

 

2019年10月11日 (金)

手紙 親愛なる子供たちへ 作詞家不詳(ポルトガル人)

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年老いた私が、ある日、今までの私とちがっていたとしてもどうかそのまま私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても靴紐を結び忘れてもあなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返してもその結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかい結末はいつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に私が思わず下着を濡らしてしまったりお風呂に入るのを嫌がる時は思い出して欲しい

あなたを追い回し何度も着替えさせたり様々な理由をつけて嫌がるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅たちの前の準備をしている私に祝福の祈りをささげて欲しい

いずれ歯も弱り飲み込むことさえ出来なくなるかもしれない、足も衰えて立ち上がることさえ出来なくなったなら

あなたが弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたようによろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい あなたを抱きしめる力がないのを知るのは辛いことだけど

私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい きっとそれだけで私には勇気が湧いてくるのです

あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくることで私が受けた多くの喜びとあなたに対する変わらぬ愛をもって笑顔で答えたい

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年に一回この詩をつぶやきに書いています。 読んで欲しい人が今年も増えたから。。。。

書いていたら自然と涙が出ます。

 老いていく自分と亡くなった母が被ります。

   誰もが持つ原点だと思います。    いい詩ですね。

2019年9月10日 (火)

虐待

9月1日KOGUMAの明石園、こぐまのお庭、こぐまの森の3事業所で虐待研修を行いました。

ほぼ全員の方が参加してくださり、言ってはいけない言葉など心理的虐待は子供の一生に影響を及ぼすこと、などなど現任の新井愛が講師となり熱気ある3時間でした。

受講した職員の皆さんも心に正しい、保育、療育の在り方が改めて再認識されたことと思います。

 

そうした日、帰ってテレビをつけると4歳の子の虐待死のニュース。。。。。

胸がえぐられるような気持ちです。

4歳の子が夜中2時に外を歩き4回も警察が保護しながらなんで児童相談所が保護しなかったのか、、、、、

「母子関係がうまくいっているようだった」とか「適切な対応だった」とか無責任に話す児相や市の職員には子供の命の尊さが響いてないように思えてなりません。

夜中4歳の子供が外に出されているだけで虐待と判断すべきなのに、、、、、

一人の子供の命も守れないこんな人達が行政にいてもいいものだろうか、、、、

 

怒り心頭になりながらテレビにうつる虐待した母親の交際相手とやらをにらみつけてしまいました。

 

以前「保育園落ちた、日本死ね」というTwitterが波紋をよびましたが「子供死んだ、日本死ね」と叫びたい心境です。

 

2019年8月 8日 (木)

待ってるからね

暑い毎日です。

先日、こぐまプリスクール明石園のW先生のお見送りの声が聞こえてきました。

「また明日ね、明日待ってますよ。待ってるからね、バイバーイ」

はっとしました。「また明日ね、バイバイ」はよく聞きますが「明日待ってますよ」というのは初めて聞いた気がしました。

 

「待ってます」という言葉には、子供自身も自分の存在を大きく認めてもらったような、、、、、

明日への嬉しい期待が、、、、喜びがわくのではないかな、、、、と、とても嬉しくなりました。

お母さまの弾んだ声も聞こえてきてW先生のあったかーいひと声にほっとしたオアシスを感じた夕暮れでした。

2019年7月11日 (木)

生まれてきてよかったんだよ

今朝、テレビを見ていたら、養護施設を出た二十歳の娘さんたちに無償で成人式の着物を着せてあげ、髪を結ってあげ写真を撮ってあげている人をテーマに放映していました。

そういえば、当たり前のように成人式には美しい晴れ着姿の娘さんたちを目にしていましたが、訳あって晴れ着の着れない人たちもいることには全然気がついていませんでした。

テレビには母親の再婚相手に虐待を受け養護施設に入っていたお嬢さんがきれいな着物を着せてもらい可愛い笑顔で喜びをいっぱい表している姿がありました。

着せていたその人も養護施設の出身者で二十歳の時、どなたかに無償で着せてもらったことがあり、その時の喜びをまたどなたかに伝えていこうとされている。。。。その思いが彼女の笑顔から溢れきっていました。

 

「生まれてきてよかったんだよ」というメッセージを与えていきたいという彼女の言葉には自分の経験からくる重みがあり、あたたかさが強く響きました。

朝からうるっときてしまい、素敵な人だなあ、、、と感動して今朝のコーヒーはとても美味しかったです。

 

頻繁に子供へのおそろしいような虐待事件の報道が流れる昨今、

今日のテレビの人のように誰かが「生まれてきてよかったんだよ」というメッセージを傷んだ子供たちの胸に刻み込んでいかねばならない。。。。と痛感しました。

                                                

 

 

2019年6月18日 (火)

心の相続

 先日、五木寛之の本を読んでいたら相続とはお金を残すことばかりではないと

記されていました。

五木寛之は九州筑後の生まれで両親ともに筑後の人なのでコテコテの九州弁を

相続した。

又父親が本をすごく大切にする人で本をまたいだだけでも足を平手うちされて

しかられたのでいまでも本をまたぐことができない。これも父親からの相続で

あると書いてあります。

読んでいて果たして私もこれだけは守ってほしいたぐいのことを3人の子供たち

にうえつけることができただろうか・・・福祉の仕事は残せたけれど何か他に

心の相続ができただろうか・・・と考えてしまいました。

でも親である自分にはわからないものかもしれません。

 

そして私は自分の両親からの心の相続はなんだったろう・・・と振り返りました。

 

思えば両親ともに最後まで日記を書き、母の日記はたまにページいっぱいに詠んだ

句が書いてありました。そういえば意識もなく私も日記を記すことにより一日の

はじまり、終わりに安堵を感じています。

日記に限らず綴ることは両親からの大きな相続であったかもしれません。

 

又、姉が小学一年生の時、参観日に行った母が姉の隣の席の子がお弁当におかず

がなくご飯に醤油をかけただけだったので翌日隣の席の子に母がおかずの一杯

入ったお弁当を作って持って行ったという話は他の人から聞いたことがあり

ます。終戦間もないときだったので時代がそうさせたのかもしれませんがほって

おけない衝動は私の中にも内在していて福祉の仕事につながっていったのかも

しれません。

母からの大きな心の相続が今の仕事の原点を作ってくれたような気がして嬉しく

思いました。

 

もう自分の子供は大きくなってしまったけど孫には何か心の相続ができるかも

しれない・・・

まだまだ間に合う・・・・そんな気持ちで本を閉じました。

                       KOGUMA代表 松本昭子

2019年4月16日 (火)

卒園式

3月、いろんな別れがありました。

こぐまプリスクール明石園では発表会と2歳から保育させて頂いたお子様の卒園式を同時に行いました。一人だけの卒園式にこんなに愛情があふれた卒園式は、日本中さがしてもないだろう、、、と思いました。

お母様の涙、担任の先生の涙、昔の担任の先生の涙、卒園式Fちゃんの涙。

私も卒園生、Fちゃんがこらえながら涙を拭いてる姿をみると胸が痛くなり、涙が溢れました。きっと感性豊かなFちゃんの脳裏はお友達との思い出、先生方との思い出が旋回してたことでしょう。私も一生忘れられないものとなりました。

当法人の中で明石園だけが建物の関係で無認可のまま、補助のない悪戦苦闘の運営ではありますが、たくさんの子供たちに歌を劇を楽器を上手に教えて保護者の前で立派に披露された諸先生方、裏方に回って一生懸命小さいお子さんの面倒をみてくださった諸先生方に心から頭の下がる一日でした。

そして建物の基準も大事!資格も大事!

でもそれより大事なものがある保育を実感した一日でした。

2019年3月20日 (水)

しだれ梅

3月の初めになると、自然と足を運び毎年、南淡路のしだれ梅を見に行きます。
何回見てもどっさりと梅の花を垂らし人々を包み込む清楚で、かつ大らかな梅の木に母体を感じ、
また、垂乳根を感じゆったりした気持ちなります。
 そして岡本かの子が詠んだ詩を想い出します。
 「梅の木に梅の花咲くことわりをまことに知るはたやすからず」
梅の木に梅の花が咲く当たり前のことなのに・・・
この当たり前の深い意味を毎年、模索しながら精一杯咲き誇る、梅の木を見上げています。

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