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2022年1月

2022年1月28日 (金)

最後に伝えたかったこと

「ビンタ」

みんながコンビニで買うから

弁当を持っていくのが、カッコ悪かったんです。

「いらんねん」と軽く払ったつもりが

母が作った弁当を床にひっくり返してしまった。

黙って手で寄せ集めていた

母の背中を思い出すたび

自分の手を母の手と思って

思いっきり、ビンタしたくなります。

ほんま、ごめんな、おかん。

ほんま、ごめん。

 

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49歳で亡くなったお母さんへの17歳の息子さんの詩です。

小冊子に載っていて読んでるうちに思わず眼がしらがあつくなりました。

 

親だから甘えた我がままな行動をとってしまい、後悔することって誰にもあることだと思います。でも照れくさくて素直に謝れないのが、また親子かな、、、とも思います。

きっとこの子のお母さんは天国でこの詩を読んで微笑んでいることでしょう。。。。

2022年1月19日 (水)

昔のまんま

昨日、田舎の同級生からハガキがきました。

彼女の愛猫の写真が刷り込んであり、「寒いしオミクロン株も大変だけど毎日生きているだけで幸せです。」という一言がありました。

幸せという文字に彼女の優しい笑顔が浮かびました。

そう、、、、肝心なことを忘れていた。。。と実感し大事なことを教えられた気がしました。。

そして素直に「生きているだけで幸せです。」と言える彼女の心に頭を下げながら何回も読みなおしました。

 

メールやラインでの毎日に慣れてしまっていたのでポストにあった1枚のハガキ、しっかりした達筆の文字は何よりも新鮮な宝物です。

 

小学6年生の時、毎日一緒に帰りながら「あの人、岸田劉生の麗子像に似とらすねえ」とあたりかまわず指さして「ほんなごてー!そっくり!」と失礼なことも忘れて分からないように笑ったり、わざと危ない裏道から帰ってすべったり思い出す日々にはいつもあったかい陽があたっていたように思います。

 

先日、郷里に帰った時、何年かぶりに会い「金子みすゞの家に行ったよ」というと彼女も「うちも行った。中原中也の記念館も近くにあったよ」

いくつになっても好きなものが一緒。思うものが一緒で安心しました。

そして今も詩を書いている彼女には昔のまんまの感性が溢れていました。

 

昔のまんまっていいですね。

私も引き出しから好きなハガキ引っ張り出して

「生きているだけで幸せですねえ」って書くことにします。

 

あったかーい陽だまりの下で。。。。。。

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