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2016年7月12日 (火)

海抜100mのところに住んでいるので今朝はとても深い霧です。

「五里霧中」という言葉がありますが、時折降りるこの深い霧を見る時、人生には多々周りが霧だらけになって自分の行く先が見えない、行先を探す状況下におかれることがあるのではないか、、、、、と思います。

そんな瞬間浮かぶのは亡き母であったりします。

深いもやの中で方向を暗示してくれるには一つの灯り、行灯が必要です。

その行灯は私にとっては病弱な父の看病に明け暮れしていた母の姿です。

母の日はわが子から美しい花々をもらい、嬉しい気持ちになると同時に自分の母を思い出す日でもあります。

私は母の日にこうして花を贈っただろうか??と煩悶しながら何かにつけて涙もろかった母の姿が浮かびます。

私が小学生のころ「母と子がみる映画会」というのが日曜日にありました。

その日はみな親子で映画館に行ったものです。

子供が主役で子供の気持ちをわからせるような映画ばかりで、必ず母は涙を流していました。

そばで母が涙を流す時、小学生だった私は普段と違う母に驚きながら、妙な気持ちになったものです。

その日は特別母が優しかったのも嬉しく覚えています。

母の日、父の日、、、自分が生まれた故郷、、、感傷だけではなく、何か遠い日をひもたぐるとき、本当の自分に戻れるような気がしてまだ晴れない霧の向こうを見つめてしまいます。

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