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2015年8月17日 (月)

恩師

この暑い日、中学3年の時の恩師が逝ってしまった。

とても元気で老いることのない最後まで背筋をピンとはった先生だったのに、、、、いまだ信じられない。

ご入院と聞き、花を贈ったら元気な声で「ありがとう」の電話が入り、しばらくして「昭子さん、退院したよー」と変わらない元気な声が留守番電話に入っていた。

あとにも先にも私のことを「昭子さん」と呼んでくれる人は先生だけだった。

おりしも忙しすぎて折り返しの電話をしないまま、、、のときに訃報を聞き、これほど後悔したことはない。昨年の夏の台風の時も「ニュースでそっちが大変みたいだけど大丈夫?」と田舎から電話をしてくださった声が耳元で反芻している。

先生は私の一番好きな学科、国語の先生だったのである日、もう読まないからあげるよ、、と職員室に入っていた私に「アンナカレニーナ」の本をくださった。

この本の冒頭の言葉が今も忘れられない。

「しあわせな家庭の顔はお互い似かよっているが、不幸の家庭の顔はどれも違っている」

まだ中学生であった私をうならせる衝撃的な冒頭の一言であり、しあわせという言葉を深く考える1歩だったように思う。

転勤され校長になられた時の話が入ってきた。なかなか学校に来なかった障がいを持つ生徒さんが卒業式が終わってから校庭をうろうろしているのを見つけ、先生はすぐにお母さんを呼んで、一人だけの卒業式を校長室でされたという。。。聞いた時、先生らしいなあ、、、と感動した。

子供達一人一人への愛情を絶やさない先生のあたたかい姿勢は福祉の世界で生きる私に大きな警鐘をならし続けている。

先生宅から届いた香典返しの包装紙に「一筆啓上」と記され、いろいろな人の言葉が書いてあり

「怒られるのは嫌だったけど怒られなくなってからが一番きつかった」

「高速道ができました。でも母さんのいない故郷はなんだか遠くなりました」

この二つがまた心に残りました。

なくなられてからも何かを教えてくれる先生でした。

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