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2013年3月21日 (木)

おさなご園

 かなり、古い本ですがおさなご園という福祉作業所の施設長秋田晴美さんの文章を読み、共感したので掲載してみます。1984年発行の本の一部なので現在は使用されていない言葉などもありますが実際の文章のまま転記しています。誤解のないようお願いします。

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 私と知恵遅れの人々との関わりは昭和36年に設立した幼児のための保育施設

「おさなご園」に始まりますが(その後施設を法人化し、成人のための授産所に転換)

この23年の関わりを通して得たものは、生きることの意味を教えられ続けたということ

に尽きます。

 この施設は幼児施設以来の伝統である「むつかしい問題を抱えた人」を中心に取り組

んでいますが、そうした人たちもひと皮むけば自らの問題に悩み、助けを求めている

心優しい人ばかりなのです。人はたまたま理解してもらえない事情が重なって心淋しく

なったとき、困った行動に走ります。この知恵おくれと呼ばれる人たちの主たる問題

は実は知恵遅れであることそのものより、そのことから派生する二次的な因子、

つまり周囲の人々に理解されにくいということにあります。そこでこうした理解されにくい

ことからくる困難を跳ね返す力の弱い知恵遅れの人たちへの援助はというと、

そうした彼らの状態や気持ちをありのままに受けとめてあげるそのことにあります。

やや神経症気味のS君(24歳)、入所当初は仕事そっちのけでふらふらと仲間の顔を

覗きまわる、仲間にとっても大いに仕事の妨げになります。そんなS君を周囲のものは、

制止する、教えを諭す、怒る、など様々な手を使って対応、しかしいっこうに変化しま

せん。むしろそのニヤニヤ笑いが一層激しくさえなるのでした。

 そんなある日の昼休み、彼とオセロ盤を囲みながら「今までは君の気持ちを分かって

くれる人が誰もいなかった。お父さん、お母さんも心配はしてくれるが理解しようとは

しないそんな辛さが顔のぞきになる。本当はしたくないのに思わずしらずやってしまう。

今度のぞきたくなったら私にしてね、それにここの人たちはみんな君が大好きだから

安心して働いてね」と話かけてみました。この日を境にS君は一変、それまでは

床屋でしか剃らなかった髭を毎朝そってしかもさっそうの登場、仕事も彼なりの力で

懸命に取り組む好青年になりました。たしか、彼ら精神薄弱と呼ばれる人たちの

知恵が遅れていることからくる不十分さが目立つこともありましょう。が、しかし

「生きる」ということからすれば小さな事、もっと大切な「心」を大切にした取り組みの中で

「人として生きる力」をつけるそんな援助ができたらと考える毎日です。

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 指導や導入の前に理解! これは高齢者の方々の仕事、乳幼児、作業所の仕事

すべてに言えることですね。                   こぐま代表 松本昭子

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