2017年11月15日 (水)

絵本

30年ほど前のことですが忘れられないお母さんがいます。

保育でお預かりしていた二人の男の子のお母さんです。

御夫婦で脱サラして大きな倉庫を改修し喫茶店を始められました。

少し遠いところでしたから、モーニングサービスをするため、かなりの早朝からお子様をお預かりしたのを覚えています。

ある日お母さんと話してると、朝早くから夕方遅くまで預けてる分、毎晩絵本を二人に読んであげてるんです、どんなに疲れてもこれだけは続けようと思って、、、、と言われ頭が下がりました。

園で子供達に絵本を読むときはあのお母さんの顔がふっと浮かびます。

絵本を読むと

子供達はいっしんに絵をみます。

美しい絵、おもしろい絵、まだ内容がわからなくても絵から美しいものへの感性が育ちます。私は文章をそのまま読まずに子供が分かる様に崩したり、アドリブを入れながら読みます。

おうちで絵本を読んでもらってる子供は言葉の発達も早く、表現も豊かです。

何故なら目に見えないものを見る力(想像力)がつくからです。

又絵画の中に自分の気持ちを投じる技(わざ)も芽生えます。

日ごろ忙しすぎて教えられない心の教育も物語が教えてくれます。

子供達や支援するお友達の周りを本で埋め尽くしたくなるときがあります。

2017年10月12日 (木)

笑顔

秋日和のこの連休、「菜根譚」を読んでいると

「人格が主人で才能は召使にすぎない。

才能に恵まれていても人格がともなわないのは、主人のいない家で召使がわがもの顔にふるまっているようなものだ」

と記されているのが目にとまりました。

才能を資格とか技術とかに置き換えて考えてみました。

訪問介護、移動支援のサービス提供責任者には介護福祉士か実務者研修修了者の資格が必要。

保育園には保育士の資格か、看護師、保健師の資格が必要。

有資格者で素晴らしい意欲を持ち、実践してきた人、又現在、実践している人もたくさん見てきたし、現在もみています。

資格というのは一つの線引き、ラインで命を預かる仕事には必須かとも思います。

でも長年、人に携わる仕事をしてきた私には「菜根譚」にあるように資格より人格、その人の持つ雰囲気を主として採用、不採用にあたりたいのですがそれは許されません。

私は面接のとき、必ず相手の目を見て話せる人か、笑顔で話せる人かを見ます。面接の間中、こちらから笑顔で話しかけても笑顔がかえってこない人は資格があっても考えてしまします。

何故なら利用者さん、子供達はみんな笑顔を待ってるからです。

そして職場の仲間もみんな笑顔を待ってるからです。

NPO法人KOGUMAでは笑顔の豊かな

 ヘルパーさん、サービス提供責任者、保育士さん、看護師さん、保健師さんを常に募集しています。

お気軽にお電話下さい。    078-785-4855

2017年9月13日 (水)

のぎく学園

前回のつぶやきで書いたのぎく学園からの古いハガキを捨てきれず何となくインターネットを検索したら近藤園長さんの本があることが分かった。

すぐに写真集と詩集を取り寄せ、ページを開き、あったかあい昔の風を感じた。

学校の先生をやめ、自らの家を開放して自分で生徒と起居を共にする。。。。もうこんな人は二度と出てこないだろう、、、、と思いながら本を閉じた。

近藤先生の詩

けむり

けむりが とぶ という

日ぐれの そらを

けむりが とぶ という

この子が

うたうように いうので

そとに でてみたら

くもが とんでいた

はいいろの くもが

ひくい そらを

どんどん とんでいた。

2017年8月22日 (火)

遠い日

古い手紙を整理していると昭和38年ころの切手が貼ってあるのがでてきたり、黄ばんだり、しみがついたりしている便せんに遠い遠い日々が思い出されて夜中まで読みふけってしまった。

私がいくつの時だったろう、、、、、長崎で障がい児のお世話をしていた御夫婦がいらっしゃって、とても運営が大変なことを知り、私は手紙を出した。

それから賀状が二度きたと思う、

「11月8日年賀はがきの売り出しがありますともう一年がすぎたのか、、、と思います。

年賀はがきを書いてお餅をつけば私のお正月はやってきます。

あなた様のお幸せをお祈りいたします。

                                のぎく学園     近藤えい子」

最後の年の賀状である。

1年目のはなくしていたがこの子らにお餅が食べさせれるだろうか。。。と書いてあったのを覚えている。

この後、運営にいきずまり心労が重なり園長先生(御主人)は自ら命を絶たれた、、、ということを新聞で知り驚愕とした日を昨日のように思い出す。

週刊誌にも御夫婦で子供達と手をつなぎお散歩されている後ろ姿の写真があり、鮮明に覚えている。  賀状を握りしめその後ろ姿の写真に泪したのも昨日のようだ。

福祉を心底、心でやる人がいた。

そんな時代だった。

行政からの優しい手もなかった時代だったろうと思う。

昨今の社会福祉法人のお金にまみれた情けない姿を見ながら相反して浮かぶ御夫婦の後ろ姿である。

捨てる手紙、捨てない手紙、、、取捨選択しながらこの黄ばんだはがきを私は握りしめた。

2017年7月10日 (月)

豊かなつながり

雨がしとしと、、、の毎日になりました。

月に一回、KOGUMAのグループホームで主人が「歌う会」をギター片手にやっておりますが、先日久しぶりに参加して以前は人前で歌うのが恥ずかしかったり、抵抗があった方々がいきいきと人前で独唱できていて驚きました。

ジョークも飛び交いながらみんなが楽しんでくれている。ギターを弾けるようになった人もいる。。。。一人カラオケに通って一生懸命練習してきてくれた人もいる。。。。。

歌う会をはじめて1年半。。。。歌詞カードを片手に利用者さんの楽しく歌っておられる姿を見て成長とともに何かほのぼのとしたものを感じます。

ガイドヘルパーさんと二人きりでカラオケに行くのとはまた違った自己表現があるのかもしれません。

なぜだろう?なんだろう?このあたたかさ、、、、、、と考えました。

歌の持つ情緒性、声を出す発散作用、、いろんなことが加味されて人前で歌うことが恥ずかしさから楽しい自己表現にかわり喜び、楽しみとなっているのかなあ、、、と嬉しくなりました。

でもふと気ずいたのはこの人数の構成もありきかなあ、、、、、、と。

児童発達支援の「こぐまの森」で音楽療法の先生がなるべく少人数に分けて一人一人にかかわろうとされてる姿を思い出しました。

多くの人数で何かをやろうとすると個々の姿がぼんやりになってしまい教える側も受ける側も少しずつ焦点がボケていくような気がします。

小さな枠でこそ、一人一人がいきいきできて、お互い見つめられる喜びがあり表現があるのかもしれません。

当法人は小規模、認可外、少ない人数の児童発達支援、放課後デイ、1対1の移動支援と小さな器で頑張ってることが豊かなつながりを作るための大きな宝なんだと思いました。

今でもホームの方々の笑顔がうかんできます!!!!

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