2020年3月10日 (火)

何か聞こえるよ

静かに。何か聞こえるよ

泣いたり 笑ったり               

発達障害の双子の歩み

「何か聞こえる」と言った長女・ももの好奇心に満ちた顔が忘れられません。そのことを私に伝えようとしている姿を何ともいとおしく感じました。

発達障害の特性を持っているせいか、娘には人間関係の希薄さを感じることがあります。一緒に喜びたいときや、悲しみに寄り添ってほしいときなど、娘はとてもドライなのです。共感で人は絆を深めるとするならば、娘とは、かなわぬ夢かもしれないと思うことがあるほどです。

縛り付けられたポールがきしむ音を知った娘は、私にその音を初めて知ったのはいつかと尋ねました。思いもかけない質問に戸惑いながら、私と会話を楽しもうとする姿がうれしくなりました。

「覚えてないよ」と伝えると、一瞬残念そうにした娘は「初めて知った日がママと一緒で良かった」と笑顔になると、「うれしいことはママと一緒の方がもっとうれしいからね」と言ったのです。

涙がこぼれそうでした。娘の心の大切な部分はちゃんと育っている。ただ見えにくくて、分かりにくいだけなのだとはっきりと理解した瞬間でした。

多くの人が共感を求める場面で娘の反応はいま一つです。そうでない場面で娘は感情を大きく揺さぶられています。それはものの見方や考え方が違うからなのだろうと思いました。

とてもとても悩み多い子育ての中にも、幸せは確かにあります。「やったらだめよ」と厳しく叱っても表情一つ変えない娘。全く泣かない子でした。

ある日、たたんだ洗濯物を部屋中に散らかした娘を叱ると、初めて「ごめんなさい」と泣いたのです。うれしずぎてケーキを買ってお祝いをしました。そんなとき、子育てはいいものだなと、ほんのしばらく心地良い気分に浸れます。 ”  (新聞記事より)

 

「嬉しい事はママと一緒の方がもっと嬉しいからね」。。。なんて感性溢れた可愛い言葉でしょう!

風でポールがきしむ音に「何か聞こえる」っときづいたお嬢さん❢❢❢

大人にとったら何でもない音でも子供にとったら初めての響き!心躍る驚きかもしれません。

そして子どもの言葉には計算のない魔法のような美しさがあります。保育児童デイ移動支援も私達には気づきのない気づきの言葉を子供からも利用者さんからも溢れるように聞こえて来る筈です。。   耳を澄ましてあげてください!!     そして優しく答えてあげて下さい!!

春の風もふきはじめます!!!!!

2020年2月14日 (金)

認可外保育園

暖冬とはいえ、時々冷たい風が頬を撫でます。

約18年間認可外保育園として明石のお子様をたくさん育て送り出してきたこぐまプリスクール明石園が3月末をもって閉園することになりました。

明石市は子育て支援対策に力をいれたくさんの認可園ができました。

明石の子育て対策に魅力を感じ引っ越して来られる方もたくさんいらっしゃるようです。

 

18年前アスピアの当時の部長さんがうちまでお見えになり、アスピアで働いてる人達のお子様を優先的に預かる保育所をやって欲しいといわれ、まだ企業主導型とかはない時代でしたから認可外保育園として立ち上げました。そのころ1歳でお預かりしたお子様はもう19歳です。。。

アスピアも部長さんが変わり家賃を上げられることが原因で今の場所に引っ越しました。

認可外とはいえ運動会、発表会、お泊まり保育(当時)などたくさんの行事を催し先生方の御苦労はひとしおだったと思いますが可愛い子どもたちの笑顔溢れる保育園でした。

閉園する時期になって現在の先生方も含め明石園に携わってくださった先生方のお顔が走馬灯のように浮かび感謝の気持ちでいっぱいです。

まだまだ明石には保育ニーズがあると思いますが1円の運営補助もない認可外では力尽きるのは当然です。又行政がそうさせているような気がします。

一番残念なのは、保育士を認可園に取り込むため新卒者に就職支度金ごときたくさんのお金を積み募集されていることです。それは明石市だけではなく神戸、大阪もしかりでまるで保母とり合戦です。資格のある方は引く手あまたですから待遇を比較しながら選べる状況になり何か保育の世界とは違うものが展開されつつあります。そんなお金があったら認可園に落ちたお子様をお預かりしている私たち認可外にもせめて家賃補助なりだしてくだされば今後もたくさんのお子様に保育を還元できたと思います。

子育て支援対策は力のあるところにだけ陽をあて、今まで認可園に落ちて、いくところのない同じ地域のお子様方の認可外保育所は日陰のままでした。

 

でもそんな中、最後まで素晴らしい職員に恵まれ先生方には運動会、発表会、遠足、子供たちにたくさんの経験を通し一番大切な時期の情緒をはぐくんで頂きました。

それはこぐまプリスクール明石園の大きな誇りです。

自力で頑張ってる認可外にも陽をあてて頂き、継続が可能な日がいつか来ることを祈る反面0円からの出発の私の原点が消えていく寂しい思いです。

2020年1月10日 (金)

おかれた場所の幸せ

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

あっという間の1年がすぎ毎年ラストスパートと思いながら駆けてる自分が見えていました。 でも今年はまだまだ「ラスト」という言葉は遠ざけて「これから」という文字をきざんでいこうと思います。

 

先日、悪性リンバ腫になり現在ステージ4の友人と会いました。

「もう先のことは考えないことにした。泣いても笑っても同じ一日だから、、、、だったら笑って過ごす方得。

食べる時も好物だから食べる。

嫌いだから食べない。 から

身体にいいから食べて得をする。

体に悪いものを食べたら損をする。と何でも損得に置き換えたよ」と言って笑っていた顔は昔のままの元気な顔でした。

時々がん患者のための講演会がある時は椅子を並べたりボランテイアをしてるそうで置かれた場所で自分のできることを、やれることを、やってらっしゃる生き方に涙がでました。

 

今年は自分の置かれた場所の幸せを私自身もう一度かみしめながら自分のできることをやろうと思います。

 

ヘルパーさんの忘年会でサプライズで素敵な蘭の花を皆さんから頂き身近な方々への感謝を感じました。置かれた場所の身近な幸せを忘れないようにしていこうと思いました。

Img_5026_20200110131801

2019年12月 9日 (月)

笑顔

11月久々の同窓会がありました。

夜遅くまで友達とお茶しながら話しました。九州人なので何でもジョークに結び付け最終的には笑いに巻き込むのが私たちの常です。

「よか、よか」の一言ですべてが一掃される心地よさ!

やはり方言は本当の自分に帰れる気がして、無防備に笑える自分に何とも言えない安堵感があります。

                                            

仕事人として、、、、、、母として、、、、、おばあちゃんとして、、、、妻として、、、、、、その日その日に洋服を着替えるように走ってきたけれどやっと自分だけの自分の時間を少しずつ持てるような年齢になり自分だけの服を着てる時間が長くなったような気がします。

 

皆仕事を卒業してるので今まで大事だったことを話す時、私は私のやってる仕事が人間相手とする仕事なので笑顔の大事さを語りました。

そうすると、友達の一人が「笑顔も給料の一つよね」と言いました。

「そう、そうだわーー」と賛同しながら笑顔の話になりました。

すると友達が新幹線の中で偶然知り合いになった人が舞子に住んでる方で笑顔、コミュニケーションの講座をやってる人だとか、、、、、ネットで調べるとテレビにも出てる方で動画を見ながら笑顔、語りかけのすばらしさに惹きつけられました。

 

ぜひお会いしてKOGMAでの研修講座をしてもらいたい、、、と思いました。

いくつになっても、どんな立場になっても笑顔を絶やさないスタッフばかりの職場になったらどんなに素晴らしいだろう、、、、、、と思います。

又この頃は買い物する時も店員さんが笑顔絶やさない人だと当たり前のことなのに感心してしまいます。

                                                                                

「笑顔忘れていませんか?」と                   

自他ともに問いかけながら、年の瀬を「よか、よか」と笑いながら過ごしたいと思います。

 

1年間お世話になりました。皆さまも笑顔でどうぞ良いお年をお迎えください。

2019年11月 8日 (金)

先生 

私たちの住む神戸市の小学校で教員による教員へのいじめがニュースで流れた時は目を疑い、耳を疑いたくなるようなテレビの映像に驚きました。

非常に人間性の低いこんなレベルの人たちが今後の未来をになう小学生の教師をやっているなんて、、、、、思いたくもない、信じたくもない、と恐ろしい現実を見て憤りの気持ちでいっぱいです。

単に履修科目の単位を修得するだけで教員免許が取得できて地域の試験に合格すれば学校の先生になれる実態がおそろしいです。

社会経験もなく、サラリーマンと違い常にそばに上司がいるわけでもなく、いきなり先生、先生とあがめられる立場、いわば子ども達にとっては強者になれるわけですから大きな違いが生じるのでしょうか。

資格取得後、1年間は人としての適性を見る試用期間や研修として一般社会にでてからの本採用になればいいなあ、、と思います。何より大事なのは人間性です。

勿論、今回の被害者の先生のように子ども達が大好きでこの仕事を愛してこの仕事につかれた素晴らしい先生もたくさんいらっしゃいますし、私のわが子の先生で忘れられないほど素晴らしい先生とも出会いました。

そんな中で先生というイメージをこわしてしまった加害者の先生方は大人にも子どもにも頭をさげてまわらないといけない犯罪者だと思います。

 

加害者の先生方は新聞やテレビにも名前も顔も出ず、どうしてここまで彼らが守られるのか不思議です。何か教育委員会の力が関係してるのでしょうか?

もはや容疑者ではなくハッキリ加害者は判明していますし、はっきりと顔も名前もだすべきだと思います。

数年前自宅に日中、泥棒が入り財布がなくなった時、家の裏口から中学生の女の子が走り去るのを見て警察に来てもらいました。その時警察の方が「学校には言わないでください。教育委員会がうるさいから」と言われこの時も耳を疑いました。「どうしてですか?」と聞きましたが答えはありませんでした。

 

どこかにおかしい力関係が存在するのでしょうか?

加害者の先生方が人としてどれだけ間違っていたかわかってもうためにも厳しく罰して欲しいと願っています。

 

«手紙 親愛なる子供たちへ 作詞家不詳(ポルトガル人)