2020年12月10日 (木)

締切はない

年の瀬も迫って参りました。

NHKのラジオで放送された精神科医、夏苅郁子先生の御自分のお話です。

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「統合失調症の母との歩み」

私が2歳の時母は発症した。 父は外に女を作り帰ってこない。

娘の私は母の料理を一度だけ美味しいと言った。 母はそれを8年間毎日作り続け自分はせんべいだけを食べひたすらタバコを吸い続けていた。

夜は寝ずにのそりのそりと歩きまわり訳の分からない事をブツブツつぶやく。中学になって母が制服を作ってくれた。出来上がったものは変なものであちこちに針が残っていた。

学校で凄まじいいじめにあった。階段の踊り場から突き飛ばされた。転げ落ちてスカートがめくれ下着が丸見えになった。落ちた痛みよりそのことが恥ずかしかった。

私は突き落とした5人の男女を階段の下から見上げ心に決めた。「あいつらより絶対いい人生を生きてやる」同時に母への恐れが憎しみに変わった。身なりが貧しいからこんな目にあうんだ。母を恨んだ。見返してやる職業を目指す。

 

医学部に合格し精神科医になった。精神科医の勉強で母の病気が「統合失調症」だったとしる。だが同時に思う。目的を達成しても動機が復讐だと心は救われない。私の過去はボロボロだ。そして今は孤独。母とは全く会わなくなった。

もう1分、1秒も生きたくない。2度の自殺を図る。助かったがしょんぼりと生きていた。

人に言われた。お母さんとこのまま会わなかったらあなた自身が幸せになれない。

そうだ、母を見捨てたままでは自分はろくな人生しか生きられない。札幌に住んでいた母に会いに行く。

 

母は空港まで迎えに来ていた。1台1台のバスに首を突っ込んで私の名前を呼びながら探している。「いっちゃん、いっちゃん」その姿が目に飛び込んできて私は驚く。なんてちっちゃくなったんだろう。再会への不安も恨みも全て消し飛んで私は声をあげた。「お母さん」

独り暮らしの家に入るとあの8年続いた料理が出てきた。母の私への思いは子供の頃に止まってしまっていた。

私は50を過ぎている。人が回復するのに締切はない。

「もう遅い」と言っていたら可能性はしぼんでいく。

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「人が回復するのに締切はない」

    今年一番心に残った言葉です。  みなさんどうぞよいお年をお迎えください。

 

 

2020年11月26日 (木)

我が家のコットン

秋になると我が家の庭のコットンボールが開きだし真っ白の綿花が顔を出します。

触るとすごく柔らかくとても幸せな気持ちになります。

毎年たくさんの種が取れ、毎年毎年繰り返し咲くのでこの綿花を買ってくれるところを探しています。

買って下さるところが見つかったらその収入をこぐまくらぶの作業所の利用者さんたちの収入にするのが夢です。

そしたらたくさんの種を植える広い畑を借りて綿畑を作り利用者の皆さんで収穫しみなさんの収入へと還元するのが夢です。

何かいい提案があればぜひよろしくお願い致します。

2020年10月12日 (月)

笑顔

朝夕の少し涼しい風に秋の到来を感じています。

先月からガイドヘルパーさんに月のまとめを書いてもらうことにしました。

ヘルパーさん同士の助け合いや利用者さんの笑顔の瞬間が手にとるように伝わってきてもっと早くから書いてもらえばよかった、、、と反省しています。

 

「自分が笑顔の多い日は自然と利用者さんも笑顔が多いのにきずきました」と嬉しい言葉がありました。     そうですよね。笑顔は伝播します。

「胃カメラをして泣きながら出てきた利用者さんを抱きしめてあげました」という言葉を読みヘルパーさんの優しさが身に沁みました。

ガイドヘルパーのお仕事は短い時間の出会いですからその時間をどう濃い色にするか、利用者さんが又会いたいと思っていただけるようなホットな時間がクリエイトできるか、、、ヘルパーさんの心の企画が豊かに作用すると思います。

自分のつぶやきばかり書いていましたが今日、皆さんのつぶやきを読み心あたたまる思いでした。

2020年9月17日 (木)

1チーム

ラグビーから、昨年、1チームという言葉が流行りました。

 

大橋にある多機能型児童デイこぐまの森は毎日、朝の御自宅のお迎え、昼の学校お迎え、夕方の御自宅送りと日々3回の送迎があり、送迎担当の数名の先生方はグループラインという便利なツールを使い朝、昼、夕の連絡をたくみにこなしておられます。

突然のキャンセルや送り先、お迎え先の当日の変更に即時の連絡体制をみていると本当に感心し、1チームという言葉が頭をよぎります。

 

日々発生することを即時伝達しあうのは並たいていのことではありません。

伝達する側、受ける側もきちんと「承知しました」「よろしくお願いします」など丁寧な言葉での連携プレイは素晴らしいです。

朝、昼、夕の送迎の諸先生に感謝を改めて感じ1チームの響きを近くで感じることを嬉しく思っています。

 

又どこの事業所も毎月のまとめを職員全員に書いていただいてますが、お互いの体調も心配しあったり、児童の成長に喜びあったり、チームの輪が和を作り出してることを嬉しく感じています。改めて1チームという言葉をかみしめる夏の終わりです。

2020年8月12日 (水)

きいちゃんのこと

 先月のヘルパー会議で、Iヘルパーさんが「4分の1の奇跡」という本を紹介して下さいました。

「4分の1の奇跡」、何かで聞いたことがあったので石川さんの説明を聞きすぐにネットを見たらユーチューブで映画の予告編がありました。予告編を見ていたら見終わらないうちに涙が溢れてきました。

山元加津子さんという支援学校の先生をしてた方の著書ですが予告編で自ら話されている姿は先生らしからぬ謙虚さと純粋さでキラキラしていました。

翌日、本が届きまた驚いたことがありました。

 

「きいちゃんのこと」というテーマで書かれてた部分です。

きいちゃんはお姉さんの結婚式に出れるのを楽しみにしていたのに、ある日お母さんにきいちゃんは結婚式には出ないでと言われ学校で泣いてたというお話です。きいちゃんは先生に泣いてる理由を聞かれ「お母さんは私のことがが恥ずかしいと思ってるのよ。お姉ちゃんばかりが可愛いんだわ」といいながら泣いてる様子が書かれています。

先生はかける言葉が見つからず「じゃあお姉さんに結婚式のプレゼントを考えよう。浴衣なんかどうかな?」と提案しきいちゃんは納得して教わりながら浴衣を縫いあげます。思わぬプレゼントにお母さんも感動して結婚式に呼ばれたというお話です。

 

私が作業所を立ち上げた時、まったく同じことがありました。いとこの結婚式に〇ちゃんは行けるものと思いとてもはしゃいでました。でも結果、家族の中で自分だけ連れて行ってもらえないと分かった時はとてもしょげてしまい私は胸が痛くなりました。たまたま息子が結婚することになり私は〇ちゃんのあの日の気持ちを思い出し〇ちゃんを招待、いや、〇ちゃんだけででなく作業所の利用者さん全員と職員さんに声をかけ舞子ビラで結婚式をあげました。皆きれいな服を着て男の子はスーツを着て本当に素敵でした。その日の〇ちゃんの笑顔は今でも忘れられません。そして「私も結婚したい」と言って私を笑わせました。

「こいち」でその日二次会をしたときは職員の方々が金紙を貼って金の屏風を作ってきれいに飾ってくださいました。歌を歌いながら泣き出す利用者さんもいて感動の一日でした。

男の子が歌ってくれたのが「乾杯」

女の子が歌ってくれたのが「バタフライ」でした。

今でもその歌を聴くとあの日のみんなを思い出します。

「きいちゃんのこと」を読んで思い出しもう〇ちゃんも結婚していい年だなあと思っています。

 

「4分の1の奇跡」の本はいつでもKOGUMAで貸し出します。

                              KOGUMA代表 松本昭子

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