2021年6月 4日 (金)

コロナ

 

もう、コロナというおそろしい病気の名前を耳にしてから1年以上がたつ。

昨年の秋には、、、、冬には、、、、、もう終わる、もう終わると期待してきた。

優秀な日本の研究者たちがきっと素晴らしいワクチンをうみだすだろうと期待してきた。

とにかく日本人は優秀であるとなぜだか私は信じている。

国内でワクチンが世界のどこよりも早く生み出されると信じていた。

が、終わるどころかやっかいなウイルスはどんどん形を変えて脅威をふるい、他国からの取り寄せになったワクチンの接種も先進国のどこの国より遅れている。。。。。情けない状況になってしまった。。。。

優秀どころではなくなってしまった。

 

毎日、感染者数の発表は続いているが私は感染者の数よりもお亡くなりになられた方の人数の方に目がいってしまう。

胸が痛む。たとえ1名であっても。

突然ふってわいてきた、得体の知れないような病気におかされて家族とも会えず、最期を迎え孤独に埋葬されるこんな寂しい別れがあるだろうか。

こんな辛さがあるだろうか。

私は絶対に家族とこんな寂しい別れはしたくない。

人としての威厳を、心をも、たやすく奪ってしまうこのウイルスが憎くて仕方がない。。

先日、私の手元にもワクチン接種の票が届いたが、もっと早く届いてたら亡くならずに済んだ方がどれだけいただろうか、、、と思うと手ばなしで喜ぶ気持ちにもなれない。

 

まして最後まで会えずに見送ったであろう多数のご遺族の方々の気持ちを思うと

オリンピックという祭典、いわばお祭りをこの時期に催す日本の姿に

一番大切な「心」の喪失を感じてならない。

 

 

   

 

                          KOGUMA代表 松本昭子

 

2021年4月13日 (火)

田中邦衛

 

役者の田中邦衛の訃報を聞いて寂しく思っています。

俳優というより敢えて役者と呼びたい人でした。

自然で素朴でかつ力強い演技にはこの人そのものが反映されていたように思います。

初めてみたのは高校生の頃、若大将シリーズの中の青大将役の田中邦衛。

口調が面白く若大将の加山雄三より印象に残ったものです。

その頃は面白い、、という印象だけの人でしたが「北の国から」のお父さん役でこの人を大好きになりました。

世の中にこんなあったかーいお父さんはいるだろうか、、、、と思うほど

ほっこりする独特の笑顔、悲しみをこらえた男らしい顔、

その都度あのよく動く唇だけですべてを表現されていたように思います。

地味で自分を誇張せず人そのものも脇役に徹し目立とうとせずそれでいて存在感を強くかんじさせてくれた役者さんだったと思います。

そういう味のある役者がぽつり、ぽつりといなくなっていくのが寂しく、まだあの感動から離れたくない思いです。

田中邦衛の魅力にすっぽり浸りたい何かがあります。

味のある、味の濃い役者さんでした。。。。。。。ね!

 

                       KOGUMA代表 松本昭子

 

 

 

 

 

 

 

2021年3月15日 (月)

桜のつぼみが少しずつ膨れていくような気がして春の足音に耳をすます毎日です。

そして出会いと別れが行きかう季節でもあります。

大学の教育学部に在籍中、毎週土曜日に児童発達支援と放課後デイをお手伝いしてくださった羽鳥先生が小学校の教師として巣立っていかれます。ご退職の挨拶の言葉にとても嬉しい言葉を見つけました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

園長先生

今までありがとうございました。こぐまで働けて本当によかったです。

子供たちの接し方に悩んだりしたこともたくさんありましたが、他の先生方のサポートがあったり、子供たちが助けてくれたり、温かい場所でした。小さな成長、喜びを感じれて一人一人いろんな個性、かわいさをもって毎週土曜日の出勤が楽しみでした。これから子供たちがどう成長していくのか、、見たいな、、、、見れないのは悲しいな、、、と思いますが次は鳥取で出会う子供たちの成長をサポートできるよう頑張ります。

人一人の良さを誉め伸ばしていける教師でありたいです。   

貴重な経験をさせて頂き本当にありがとうございました。      羽鳥

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

何よりも嬉しかった言葉は「温かい場所でした」という言葉です。

この小さな児童デイを温かい場所と称してくださったことは私の福祉人生において大きな喜びです。

そしてこぐまの森のスタッフの皆様のおかげがあってこその言葉です。彼女のひたむきな愛情は子供たちの心にずっと残ることでしょう。子供たちへ向き合う気持ち、それは強いるものでも何でもなくその人のあたたかさが自然体で出てきていろんな波長を奏でてくれます。

嬉しい言葉をありがとう!!                     KOGUMA代表 松本 昭子

2021年2月15日 (月)

登りたい山

11月、こぐまくらぶ理事長、松本将八氏に職員研修をお願いした折に、最後にソフトバンクの

孫社長のメッセージがビデオで流れました。

「自分の登りたい山を決めていますか」

「同じ志をもって同じ山を登りませんか」

「目指したい頂上がなくただダラダラと歩くのはつまらないものですよ」

NHKの朝の15分ドラマ「おちょやん」が始まったころ、おちょやんたる子役の演技に驚きました!! 

この子はこの年齢にしてもう自分の登る山をしっかり決めているなあ。。。。。と思いました。

ふと若い頃読んだ岸田衿子の詩に言葉は忘れましたが 山に登って大人は返ってくるこだまを期待して「ヤッホー」と叫ぶが、子供は返ってくるこだまを期待せずに「ヤッホー」と叫ぶ、、、 という意味合いの言葉が書いてあったのを思い出します。

この子の演技には評価を気にせず、返ってくる代償を気にせず、いわば返ってくるこだまを気にせず目指したい山にひたすら向かっている気迫があるなあと思い見入ってしまいました。今は成人したおちょやんに変わりましたが子役のおちょやんにもう一度会いたいです。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

1月のつぶやきでお願いしました難民の子供達支援の為の書き損じたハガキ、古いハガキ、切手が皆様のご協力で沢山集まりました。ご協力心から感謝致します。締切間近まで待って支援の窓口に郵送致します。

本当に有難うございます。                     KOGUMA代表 松本昭子

2020年12月10日 (木)

締切はない

年の瀬も迫って参りました。

NHKのラジオで放送された精神科医、夏苅郁子先生の御自分のお話です。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「統合失調症の母との歩み」

私が2歳の時母は発症した。 父は外に女を作り帰ってこない。

娘の私は母の料理を一度だけ美味しいと言った。 母はそれを8年間毎日作り続け自分はせんべいだけを食べひたすらタバコを吸い続けていた。

夜は寝ずにのそりのそりと歩きまわり訳の分からない事をブツブツつぶやく。中学になって母が制服を作ってくれた。出来上がったものは変なものであちこちに針が残っていた。

学校で凄まじいいじめにあった。階段の踊り場から突き飛ばされた。転げ落ちてスカートがめくれ下着が丸見えになった。落ちた痛みよりそのことが恥ずかしかった。

私は突き落とした5人の男女を階段の下から見上げ心に決めた。「あいつらより絶対いい人生を生きてやる」同時に母への恐れが憎しみに変わった。身なりが貧しいからこんな目にあうんだ。母を恨んだ。見返してやる職業を目指す。

 

医学部に合格し精神科医になった。精神科医の勉強で母の病気が「統合失調症」だったとしる。だが同時に思う。目的を達成しても動機が復讐だと心は救われない。私の過去はボロボロだ。そして今は孤独。母とは全く会わなくなった。

もう1分、1秒も生きたくない。2度の自殺を図る。助かったがしょんぼりと生きていた。

人に言われた。お母さんとこのまま会わなかったらあなた自身が幸せになれない。

そうだ、母を見捨てたままでは自分はろくな人生しか生きられない。札幌に住んでいた母に会いに行く。

 

母は空港まで迎えに来ていた。1台1台のバスに首を突っ込んで私の名前を呼びながら探している。「いっちゃん、いっちゃん」その姿が目に飛び込んできて私は驚く。なんてちっちゃくなったんだろう。再会への不安も恨みも全て消し飛んで私は声をあげた。「お母さん」

独り暮らしの家に入るとあの8年続いた料理が出てきた。母の私への思いは子供の頃に止まってしまっていた。

私は50を過ぎている。人が回復するのに締切はない。

「もう遅い」と言っていたら可能性はしぼんでいく。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「人が回復するのに締切はない」

    今年一番心に残った言葉です。  みなさんどうぞよいお年をお迎えください。

 

 

«我が家のコットン